まなぶ,みがく。

自分で学び、自分を磨く。学習と研鑽にいそしもう。

雲の上にて

満腹した体を横たえていたのは、家の近くの神社の社殿であったはずなのに、目覚めると僕は、白い煙に包まれていた。煙の正体が雲であることに気付くのに、そう時間はかからなかった。雲間から、はるか下に、僕の住む街が見えたからだ。
いつの間にか、僕の隣には、8歳の僕が腰を下ろし、不思議そうに、僕を見ている。
「ずいぶん、としをとってしまったねぇ」
哀れむニュアンスをにじませながら、彼が僕に言った。僕は、抗うように何か言おうとするのだが、声が出なかった。全ての言葉を失ったように、声を出せずにもがくしかなかった。
「ぼくは、そんなふうに、としをとりたくは、なかったよ。なんて、ぶざまなんだ。みにくいんだ。かっこわるいよ」
ガキが、何を言ってやがる。生意気な。人生は、思い通りにはいかないものなんだ。
「そのさきに、なにかいいことが、あるのかなあ。でなけりゃ、すくわれないなあ。いきているいみが、あるのかなあ」
8歳の自分に、存在意義を問われて黙っているわけにはいかないのだが、なにしろ声が出ない。僕の声、僕の言葉は、どこへ行ったのだろう。
「でも、ぼくは、いきていくしかないんだね。にくたいをおとろえさせ、じんせいをあきらめるために、まえにすすむしかないんだね」
僕は、過去の自分に対して、猛烈に反発したかった。僕は、人生を諦めたわけじゃない。歳の重ね方が、美しいとは言えないかもしれないけど、僕は後悔はしていない。これから先に進むために、必要な過程であったのだ。そこで経験したことを、将来にいかしていきながら、未来を切り拓いていくのだ。そんな思いを彼に向かって絶叫して伝えたくて、もがいていたら目が覚めた。
神社の境内は、高い針葉樹に囲まれていて、うたた寝をしていた僕は、思わず、自分の姿を雲から見た俯瞰図として想像してみた。大木に囲まれた神社の社殿に横たわる人間である僕が、ひときわ小さく感じられた。
満腹感は、なくなっていた。